参議院議員選挙が告示された。それを機に日本の政治の本質として、ひとつ感じたことがある。
 自民党政権の政治は目に見える政治であること。これは大型イベントや公共事業などを立案し、目に見える形にする政治をやってきたということで言う。実際に小さい頃だった1980年代はそんなように見えた。予算の地方への分捕りとか揶揄されたが、結果として目で見える政治だった。それを今でもやっているのですが、そう思うのはまた改めて。
 一方、社会党をはじめとして野党の政治はというと、耳に訴える政治だった。基本は法案やイベント・公共事業で損害を強いられる人達のチェック機能が役割なのだが、磐石の基盤である55年体制の自民党に向かっては、結局声高に叫び、受ける側としては耳に政治課題を訴えるようにしか見えなかった。ここを税金の無駄使いではないかとのいう視点から切り崩して、野党でも政権を担えるようにしようとしてきたのが、平成の政治というところだろう。
 また平成の政治の特徴としては、目に見える政治というのが公共事業の完成品から、データや数字を書いた紙(さらには電子データ)に移行してきたというのがある。それが選挙における政権公約からマニュフェストに変化した。アベノミクスなどの経済政策もそうだろう。復興に関して言えば完全に目に見える政治の力が必要であるし、スピードもまた大事になるだろう。民主党政権が主導した復興計画は(本来はそうでもないとは思うが)、いささか計画としても地域を守っていくという観点にしてものろい感じが未だ拭えない。
 さて将来的にこれが変わることがあるかと言われたら、当分はないように思う。目で見える与党政治、耳に訴える野党政治。ここをひとつの基本・基軸として、いかに応用するか、いかに活用するか、いかに選挙だけで政治を頼ることを解消していくかを、この先100年の政治のためにこれから考えていかなければならないと思う。
そして、これをどう地方分権及び制度改革に取りこんでいくかだよな。試算ができる体制をひとまずは整えたいけれども…