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1.地方行政の課題 道州制の反対理由を中心に

(1)地方分権推進委員会で採り上げられている問題とその措置について

改正案を具体的に論じていく前に、地方制度調査会など地方分権改革について論じられた会合などから、個人的に疑問に感じる点及び不安に思う点について論じていきたい。

その前に、地方分権推進委員会等において挙げられている地方自治に関する問題とその措置について整理する。日本は平成以降、経済の低成長及び少子高齢化社会に突入し、その状況に耐えうる社会として地方分権を推し進めることになり、平成7年に「地方分権推進法」を制定し、それに基づき順次地方分権推進会議が作られ、地方分権に関する政策に関する勧告を行ってきた。そしてこの勧告を基に、機関委任事務の廃止や地方公共団体の事務を明記した改正地方自治法を成立させる、補助金削減・税源移譲・地方交付税改革の三位一体改革への提案など段階的に改革が行われてきた(しかし、三位一体改革については財務省など関係省庁の反対にあい、思うように進んでいないというのが現状である。)。また、第27次地方制度調査会においては「今後の地方自治制度のあり方についての中間報告(平成15年4月30日)」において提言を行い、これに基づき合併特例法のより一層の市町村合併の推進や権限の委譲、指定都市制度の充実や地域自治区制度の導入などの施策を行ってきた。そして今次の地方分権推進委員会においては、5月に「地方分権改革推進に当たっての基本的な考え方」を打ち出し、それから国と地方の役割分担や義務付け、枠付け、関与などの徹底した見直し・これに応じた国から地方への税源委譲の推進と分権社会にふさわしい地方税財政制度の整備・行政の公正確保や透明性の向上、住民参加の充実などによる地方分権改革の推進に応じた行政体制の整備について調査審議を進め、おおむね2年以内を目途に順次勧告していくとしている。

この地方分権改革の推進に応じた行政体制の整備に関して、分権改革が唱えられてきた当初より市町村合併という方策が望ましいという意見が大勢を占めてきた。もちろんそれに基づいて地方分権推進会議でも勧告を行い、合併特例法など市町村合併を推進する政策が採られてきた。しかし、個人的にこの方向性について、どうにも納得のいくものではなかった。前置きが長くなったが、それについてこれから紹介したい。

 

(2)市町村合併は地域力の低下につながる

まず第一に、「市町村合併の推進」という施策は、結果的に地域力を衰退させてしまい、目的を充分に果たしていないのではないかという点で疑問に思うのである。市町村合併の目的として地方分権改革の推進であり、その地方分権改革の目的は「地方分権の推進」・「高齢化への対応」・「多様化する住民ニーズへの対応」・「生活圏の広域化の対応」・「効率性の向上」の5つが主に挙げられている。その中で「地方分権の推進」と「効率性の向上」という意味では評価できる面がある。しかし、高齢化や多様化する住民ニーズの対応という意味では悪化したのではないかと思える面が強い。むしろこの影響が大きいあまりに、地域社会の崩壊に繋がっている側面もあるとも思えてならないことが多い。例えば、普通地方公共団体の範囲が広がることにより、基礎自治体の中心地まで車で1時間以上かかるような、さらに国や都道府県の出先機関まで車で2時間以上かかるような地域の住民にまで充分な自治や行政サービスができるかどうかと考えたとき、極めて困難であると思える。特に限界集落と呼ばれる高齢者の多い過疎地や遠隔地の集落においてはその傾向が顕著であり、国土交通省や農林水産省においては市町村から中心部への集落移転について補助金を出すなど支援を行うを行っている市町村もあるほどである。事実、第29次地方制度調査会において「基礎自治体のあり方」と「地方税財政」について審議されるが、総務省のコミュニティ研究会の中間報告でも「コミュニティの力が弱くなっているのではないか。地域の共生の力が脆弱化しているのではないか。」といった意見が出ており、その裏づけともいえよう。

それに日本では市町村合併によって一集落や地区となった旧町村の中心地では、インフラの未整備などにより地域・集落としての活力が失われ、ついには地域自体なくなったというケースもある。これがあるために市町村合併を行わない自治体もあるほどである。

このようにして集落がなくなると、地域の伝統文化が廃れていくことにより、学術的(人文科学的)な研究にも影響を及ぼすことになる。同様に、有名な地域に隣接するため方角をつけて名前を作った自治体・分かりやすく自治体名をひらがな又はカタカナにした自治体・広域的に呼ばれている地名をそのままにした自治体・合併する地域の地名を合わせた自治体・めでたい名前を地名にした自治体など普通地方公共団体の名前を安易な変更が生じるケースも多く、地域色を無視した地名のつけ方や周辺部の住民感情を無視した地名になることも多く、そのために合併が破綻するケースも多い。また、地域や集落の機能を考えていけば、一つの財産の生産できる環境を失うことでもあり、地方税の税収額にも影響が生じる。それに遭難や怪我、事件、事故などが起きた場合、周辺に集落がなければ、応急処置について対応が遅れ被害が拡大するというケースが出てくる。これらの事以外にも、どんなに小さな地域・集落でも存在価値をもつケースは様々にある。国土の防衛や治水環境の維持、新しいインフラなどの新規開拓及び保全などが例に挙げられる。これは1兆円もの税収を見込める都市を1つ作るよりも、1000万円もの税収を見込める集落が10万あるほうがまだ有益と思えないだろうか。

以上の観点から、合併協議会などでの協議という以上に、市町村合併の地域における効果ははるかに大きいわけであり、地域内の税収も計画当初の見込よりも下方修正される可能性も大きいため、市町村合併の推進という政策は多少場当たり的な面があり、充分に目的を果たしているとは言えるものではないと思う。だとするなら、強引でも抜本的な制度改革が必要と感じるわけであり、普通地方公共団体の一本化をすべきと考えるのである。

 

(3)道州制導入後の沖縄・北海道について

次に仮に道州制が導入された際における沖縄について疑問がある。

平成18年2月28日に第28次地方制度調査会が政府に提出した「道州制のあり方に関する答申」で提示された道州の区域例に拠れば、いずれの案でも沖縄は一つの州として提示されている。これは「各府省の地方支分部局に着目し、その管轄区域に準拠したもの」ということとなっており、「国との直接交渉や特例の積み重ねなど」で沖縄は一つの州でやっていけるという見解が多い。しかしである。ただでさえ財政状況に苦しい沖縄県の現状があるとはいえ、またいくら税源の委譲が大幅に行われるとはいえ、現在の沖縄県の納税額の総計で「自立した行財政を行える」「地方自治の充実強化」との目的を達成できるかと言えばそうは思えない(財政難と言われる北海道も同様である)。また、仮に財政運営が県時代よりも(又は現行の北海道政よりも)よくなったとすれば、他の45都府県で道州と同じく財政権限や事務権限をもった場合でも好転するとも捉えることができ、道州制にする意味もなくなってくるのではないかと思う。ゆえに、沖縄を一つの州にしたところで仮に行政運営状況が良くなろうが悪くなろうが、地域としての意味は持つものとしても、全般的に無意味ではないかと思うのである。

 

(4)「基礎自治体優先」「住民本位」という基本原則からの矛盾

これは今回の地方自治制度案を考える上での基礎的な部分となった考えからであるが、以前増田総務大臣は「事務に関する権限は、財源を含めて市町村へとより住民に近いところに委譲していくべき。そのためなら都道府県は無力化しても構わない。無力化した都道府県は道州に移行させて、より広域的な事務を行わせることにする。」という主旨の発言をされたことがある。その一方で市町村合併については、前述の通り分権社会に見合った財政基盤を持つ基礎自治体の確立を大きなテーマにして行われてきた反面、市町村の面積の拡大に伴い行政サービスを行う範囲や人員に対する仕事量も拡大するため、各地域におけるサービスの質の低下も負の影響として大きく残ってしまうし、効率的でなくなる。また、都道府県を合わせるような形で「道州」を設置するという考え方も、ある面で二重行政になる可能性も出てくるし、また別に税金も支払われることになって住民にとって分かりづらい行政になってくる。これでは、もし住民に近いところに行政の権限をもっていく方向性であれば、地方自治体を大きくすることは「地方分権改革推進にあたっての基本的考え方」に大きく矛盾するし、住民一人一人に分かりやすくかつ満足のいく地方行政を行うことは今度の地方分権改革でも無理であると考えるからである。

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